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「頻尿のうち」と「空の旅」

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このブログの記念すべき初投稿として、うちが頻尿だった時の話をしようと思う。

 

時は中学3年の頃に戻る。思春期ということもあり、周りの友達が恋の病を患っているなか、うちは頻尿を患った。

 

一口に頻尿と言えども多くの種類が存在するらしい。うちの場合は、トイレに行けない状況に置かれると急な尿意を覚えるというものだった。

 

今思えば、卒業アルバムの写真撮影よりも、泌尿器科で膀胱のレントゲンを撮ったことのほうが青春の1ページとして強く焼き付いている。

 

そんななか、家族で北海道に旅行へ行こうという話が起こった。地元から北海道までは飛行機で向かうことが決定した。これに喜んだのは、人生初のフライトとなる祖母であり、これに不安を覚えたのは、言わずもがな頻尿のうちだった。

 

「搭乗前にトイレに行けば絶対に大丈夫。」

毎日そう言い聞かせているうちに、フライト当日になっていた。

 

とはいえ、それまでの時間が杞憂だったかのように、搭乗手続きと排泄を済ませると安堵していた。いつになくその日は症状が落ち着いていたのである。

 

そのまま飛行機へと移り、フライトに浮き足立つ祖母の隣に座った。座席は1番前。向かう合うようにしてCAさんの席が位置していた。そして、安全案内などのひと通りの行程が終わると、笑顔130%くらいのCAさんが、うちに軽い会釈をして着席した。その後、彼女がシートベルトを締めるまで、所作の随所に落ち着きと品を感じ、祖母と2人で見惚れていた。

 

ーしかし、悪魔は突然やってきた。

 

その悪魔、魔力はレベル99であり、名前を「尿意」と言った。汗が滴り落ちた。抗うにはあまりにも状況が悪すぎたのである。

 

すでに機体は滑走路をゆっくりと動き始め、シートベルト着用義務のランプが点灯していた。つまり、トイレに行けないだけでなく、座っておくこと以外の多くの行動が許されなかった。向かいのCAさんは笑顔で遠くを見つめ、祖母は窓から滑走路の景色を眺め、うちは天井を仰いだ。

 

「行動を起こさねば、漏らす。」

 

そう悟った。そして、真正面のCAさんに「今、トイレ行ってもいいですかねぇ」と震える声で尋ねた。祖母はその言葉で状況を察した。突然の問いに少し驚いたCAさんは「離陸準備が始まっておりますので、難しいですね…」と答え、あわせてこう発した。

 

「本日は気流が乱れておりますので、シートベルト着用ランプが消えるまで、20分はかかるかと思います。」

 

もう、そこからは地獄だった。CAさんはうちの身を重んじ笑顔が消え、祖母はうちのほうを見つめ「大丈夫か」としきりに声を掛けた。うちは心を無にして、次第に大きくなる尿意を忘れようと努めた。この3人、誰も座席からは動けないのである。この状況から逃れられないのである。

 

機体がスピードを上げ始め、いよいよ離陸という段階に差し掛かった。CAさんが何か思いついたかのように一瞬顔を明るくさせて、おもむろにうちに声を掛けた。

 

「座席についている布を剥がしてください。」

 

座席についている布とは、座席頭部に付いているバンダナサイズの白い布のことであり、それは席とマジックテープで接着されていた。

 

これがどう活かされるかを考える間もなく、うちは迷いなくビリビリ剥がした。とても勢いよく剥がした。そして、次の司令を待った。窓から見える滑走路が速度を上げて流れていく。

 

CAさんは続けて言った。

「それを雑巾のように絞ってください」

 

これに効果があるのか考える間もなく、うちは迷いなくギュッと絞った。力の限り絞った。機体全体が大きく揺れ、離陸時特有の浮遊感を感じた。飛行機タイヤが地面から離れていくのを感じた。

 

と同時に機体は空に向けて大きく傾き、うちは背中の方向に重力を感じながらも、必死に白い布を絞り続けた。

 

CAさんは雑巾絞りのアイデアを提案した手前、離陸中ずっとこちらを見つめていた。その期待に応えようとうちも絞ることをやめなかった。

 

もう絞って5秒くらいした時には気がついていたのだが、布には何の意味もなかった。膀胱に力がかかり逆効果さえあった。うちのためにCAさんがくれた布ではあるが、全くためになっていないし、強いて言えば、CAさんをガッカリさせないために、自らを犠牲にしてまで絞り続けていた。

 

尿意という悪魔が誘った、飛行機という地獄で、雑巾絞りの刑を受ける。それは高度上昇し、雲の中を突き抜けても続いた。さらには、乱気流による機体の振動が追い打ちをかけた。雑巾と振動の2大勢力による膀胱への暴行はその後も続いた。

 

「ランプが消える前にトイレの場所を確認しておいたほうがいい」と祖母が言った。少しの動きでさえ厳しさを感じる状況であったが、トイレのある方向をゆっくりゆっくりと振り返った。うちはすっかり忘れていた。座席が1番前ということは、1番後ろにあるトイレからは非常に距離があるのだ。しかし、もうすぐトイレに行けると思えば通路の長さも苦ではなかった。

 

刹那、シートベルト着用ランプが消えた。うちはすぐにベルトを外し、トイレに向けて体勢を変えた。そして、その長い長い通路を目に入れた。

 

同時に大きな衝撃を受けた。なんと、ものの10秒ほどでトイレに向けて既に行列ができていたのである。きっと同じようにしてランプ消灯を待ったトイレ難民の列が、トイレから近い順に出来上がっていたのだった。

 

終わりを悟った。あれだけ地獄のような時間を過ごし、苦行に耐えた。もうこれ以上の苦しみに耐えられる力はもう残っていなかった。

 

だが、捨てる神あれば拾う神ありだ。神は背後からやってきた。先ほどまで向かいに座っていたCAさんが列に向かってこう呼びかけた。

 

「このお客様、離陸前からお待ちになっておりますので、どうかトイレをお譲りいただけないでしょうか」

 

前代未聞のアナウンスであった。

 

その声に反応し、列に並ぶ人だけでなく座席に座る乗客までもが、うちの苦悶の表情を見つめた。いよいよ恥かしさがMAXに達したが、そんなことを言っていられる場合ではなかった。

 

そうこうしているうちに、トイレへ続く道が開けた。ありがとう、トイレの神様。本当にありがとう…!

 

〜・〜・〜

 

それからというもの、頻尿は高1まで続いた。その折々でうちはトイレの神様を思い出した。

 

「あの時に比べたらまだ我慢できる」

 

人は大きな苦しみで、さらに成長していける。理不尽で抗えない状況もいつの日にかプラスに捉えることができる。だから、いつかの苦しみも、こうして全て笑えるようになっていたい。

 

雨ニモマケズ
風ニモマケズ

 

サウイフモノニ
ワタシハナリタイ